愛とか恋とか、そういうんじゃないけど好き

A.B.C-ZとSnowManが好きな人が書いています

クソみたいなお気持ち表明と復讐のブログ

 

お気持ち表明と復讐ブログ。

胸糞わるい話が載ってるので読むのは自己責任で。

バレればいいと思って書いてるので、フェイクもぼかしもなし。

 

私が馬鹿なオタクの一言で、息をするように続けてきたジャニヲタを辞める。そういった類の話。

 

A.B.C-Zが、外野から何を言われても「カンケーねぇし」って強い気持ちでここまでこれた。

河合くんの個人仕事にアンチが湧いても「テレビ見てくれてありがとう😉そのままファンになれば?」くらいに思えた。

何年も何年もジャニーズを見てきて、今が1番「この人のこと好きだわ」って心の底から思ってた。大好きだったんだ、本当に。

 

でもね、この前、何ヶ月も連絡を取っていなかったスノ担から急に連絡が来て、ランチすることになって。

今思えば、乗り気じゃないランチを断りきれなかった時点で負けだった。

 

ケラケラと楽しそうに笑いながら、いろんなユニが置かれてる状況とかをその子個人の願望フィルターがかかった状態で話された。

 

〜以下、全方位のオタクを敵に回す彼女の持論〜

 

「なにわのデビュー濃厚だけど、トラジャと同時デビューがいい」

「関西関東手を取り合って高め合ってあって欲しいって書いてた大手垢がいてさーそれめっちゃいいじゃんって思って!」

「でもトラジャデビューしちゃったら下が育ってないからダメじゃん?」

「ハイ美はこれ以上伸びしろないでしょ?」

「ハイハイはとくに女問題あったし〜〜」

 

一部抜粋。一部なんよこれで。流石に載せるのやめよって思った持論もあったよ。

 

もっといろいろ言われたけど、とりあえずここまで。

 

どうやら、私とはものの見え方がかなり違うらしい。というか、ここまでくると同じものを見てるのかすら怪しい。パラレルワールドの話か?

…………これは早々にランチを切り上げたほうが疲弊しなくて済む、そう思ってとにかく皿の上のものを口に運んで。

 

はいでもいいえでもない返事で濁していたら、向こうは持論を聞いてくれることに気を良くしたのか、さらに言葉をつなげていった。

 

4月にわたしがSixTONESのLIVEに行ったこと(SixTONESに対して好意を持って応援していること)を知ってるはずなのに「スノのこと悪く言うからスト担苦手だし、オタクが苦手だからストも苦手」から始まって。「スノってすごい叩かれるじゃん?特にわるいことしてるわけじゃないのに」

と、慰めてくれオーラを出してきて、この辺りで私も疲れ果てて正常な判断ができてなかったんだと思うけど。河合くんを引き合いに出して話ちゃったのがいけなかった。

 

「まあ、かわいくんもめちゃくちゃ叩かれるよ。しょうがないよね。出る杭は打たれるってことかね。私は気にしないけどね」って。

 

「え〜〜〜メンタルつよいね🥺」

 

慰めたら慰めたで、そんなのむり〜〜ってぴえんぴえんされて、一体どうしろと?慰めてって空気出してきたから答えたんじゃん!!!って、憤りすら感じながらドリンク飲んで、さらに続く向こうの持論を聞いてたら、輪をかけてひどいところに着地をした。

 

「かわいくんには正直、少クラの司会のイメージしかない」

「ずーーーっといるよね、少クラ」

「河合くんがテレビ出て悪口書いてるオタクさー、あんな汚れ仕事、自担にいらないでしょ」

 

もう、取り繕うとか、お茶を濁すとか、無理だった。きっと、これを言われた時の私は無表情だったと思う。

 

すぐに別れたくて、このあとはテキトーに喋って彼女の話に同意して、解散した。

ふらふら歩きながら考えたけど、人として彼女の言った言葉が理解できなかった。

 

いろんな考えがあるのは理解している、が、誰に何を言うか選ぶのは当然じゃない??誰彼構わず持論をぶつけるのは理性捨てた猿じゃん?!?って、ひたすらパニックになった。

 

その後で、河合くんが、毎日楽しそうにこなしてるお仕事は、汚れ仕事に見られてしまうの?

楽しい、楽しい、しあわせ、ってキラキラしてる私が大好きな河合郁人は汚れ仕事をしてるの?って言うかまず汚れ仕事ってなんだよ、汚れもなにもねぇよ仕事だよ全部。

 

とりあえずオメェの自担より自力で自己開拓して仕事増やしてる河合郁人すごいと思うけどどないよ?!?!?!って。悲しむのと怒るのを交互にやった。

 

悲しみと怒りとでぐちゃぐちゃになって、Twitterに書き殴って。お友達に話を聞いてもらって、それでも日が経つごとにどんどん悲しくなってしまった。自担だけを信じて、とか、そんな気休めが効かなくなってしまった。

 

私に、汚れ仕事って言葉を吐いたオタクと自分が「同じジャニヲタ」で括られることが耐えられない。一刻も早く同じ括りから出たい。そう思ってしまった。

 

河合くんにはなんの落ち度もない、今も大好きだ。A.B.C-Zも大好きだ。残ってるコンサート後半戦も、申し込むつもりだった。

でも、いまはちょっと、そういったことはできそうにない。

 

自担やユニのこと、嫌いじゃないのに、大好きなのに、降りるなんて馬鹿みたい。自分でもそう思う。

でも、彼女の吐いた「汚れ仕事」っていう一言に、私はすごく傷ついて疲れてしまったんだと思う。

彼女だけを嫌って、ジャニーズは嫌わなくてもいいのに、って、自分でも思う。

でも、もう遅い。ジャニーズの誰かを見るだけで、そこにその言葉が蘇ってきて嫌悪を示してしまう。

 

飾ってあった写真やグッズやその他もろもろ、ジャニーズのものは全て見れなくて奥底にしまった。正直全部捨てたかった。全てが、彼女と繋がってるような気がして気持ち悪くすら思えてしまった。ごめんなさい。タンスの奥に押し込むたびに買った時のことが思い出されて苦しかった。

風呂場で泣いた。寝る前に思い出して、怒れてしまって、また泣いた。

 

もう無理だな、って、何度目かに泣いた時思った。思ってしまったら、途端に涙が止まって。我ながら、辞める時は突然くるなって笑えてしまった。

 

手元に有る、7/20のえびコンチケ。

これが、私の中では一旦最後の現場になる。

この記事書いてるのは2日前の7/18だけど、記事の公開予約は7/20の20時にした。

この記事が誰かの目に留まるとき、私はもうジャニヲタではない。

やっぱりオタクやめられないってなったとしても、もうきっとアカウント作ったりお友達を増やしたりはしないと思う。

それくらい、強烈に傷ついた。

 

 

たくさんたくさん思い出をくれて、応援できて、幸せでした。途中離脱でごめんなさい。

 

河合郁人さんを知れた私は、本当に幸せでした。

A.B.C-Zの10周年を前に、こうなったことを許してください。10周年に続く旅へ、一緒に出たかったです。ごめんなさい。

 

河合くんとA.B.C-Zが進む道が幸せでありますように。

A.B.C-Z9周年の今日によせて

A.B.C-Zさんへ。9周年おめでとう。

 

私には好きなものがいっぱいあるけど、9年間ずっと変わらずピカピカのお星様でいてくれたおかげで、今日こうやっておめでとうと言えています。

 

 

9年前のわたしに

「主演の映画が公開した」

paravi冠番組ができた」

「河合くんのモノマネが大当たりした」

「ジャニーさんがA.B.C-Zのファンだと言った」

 

…どれを伝えても信じてもらえない気がします。

それから、未曾有のウイルスに立ち向かっている真っ最中だということやオリンピックが延期になったこともきっと信じないと思います。

 

そんな、過酷で「耐える」ことが日常に溢れかえっていた2020年だったのに、河合くんはテレビにいっぱいいっぱい出るしparavi冠番組ははじまるし、なんかもうお盆と正月がいっぺんに来たような、それ以上のことのような、そんな感じでした。

 

私は断念したけれど、コロナ禍においてもファン含めた全員が協力しながら有人での舞台やコンサートだってやれて、本当にすごいグループを好きになったと幕が開き無事に降りるたびに泣いていました。

 

私にはたくさんのお金もなければ、売れる方法も分からないので、自分の財布と相談してCDや雑誌やその他媒体にお金を落とすことしかできません。

こんなに素敵な5人を知っているのに、それに対して自分はどんなに無力なんだろうって嫌になるけど「好きなものを好きだと叫ぶこと」はできるので、今日も、明日からも、たくさんたくさんA.B.C-Zを好きだと叫びます。

 

A.B.C-Zって星であり、私にとっては(訳のわからなさも含め)宇宙みたいなものなのですが、ここ何ヶ月か「ハマりたてのど新規ですが」といった言葉が添えられたツイートをよく見ます。A.B.C-Zの宇宙に新しいお星様が生まれているみたいで、それを見てるだけでなんだかすごく嬉しくって、お酒飲んでたら泣けてくるくらいです。

いつから好きなんて関係ない、好きになった今この瞬間からA.B.C-Zを愛する同士で、同じ宇宙にいる仲間で。そして願わくば、この素敵な宇宙の規模がどんどん大きくなったらいいなって思います。

 

こんなふうに思えるような人たちを見つけれたことも、この9年を一緒に今日まで歩いて来れたことも、私の宝物です。

 

もちろん、明日からの日々もまた一緒に歩きたいです。

 

A.B.C-Z9周年、本当に本当におめでとうございます。

Z project、オタクも頑張ります。

 

A.B.C-Zに、幸あれ!

 

もしも、この記事を読んでA.B.C-Zに興味を持った方がいらっしゃれば下記リンク押してみてください(笑)全部公式です!

 


A.B.C-Z、2021年「Z PROJECT」始動!

 

 


A.B.C-Z「頑張れ、友よ!」ミュージックビデオ

 


【A.B.C-Z】「GAME OVER!!!」ミュージックビデオ

私と嵐と趣味を認めなかった母親の話

 

こんにちは、こんばんは。

 

今回の記事は「アイドル」という趣味を否定された幼い私を抱きしめることと、主にその趣味を全否定していた母親との(あくまでも私の中だけでの)仲直りのために書きます。

 

一方的な、自分のための記事です。

 

 

 

○○○○○○○○○○○○○

 

 

 

 

私にとっての最大の趣味は「ジャニーズ」です。

その最たるきっかけは「櫻井翔さんの大学卒業ニュース」でした。

 

私の家では、子供たちにチャンネル権があるのは夜7時から9時までで、学校から帰ってきて目にするのは「夕方のニュース」というのがお決まりでした。

 

その日、そこで何度も取り上げられていたのが「慶應義塾大学を卒業したジャニーズアイドル嵐のメンバー櫻井翔さん」でした。

 

茶色の髪の毛にスーツ姿で、たくさんの人に囲まれていた、1人の男の人。微笑んでカメラに卒業証書を見せてポーズを取っていた櫻井さんのことは、きっと一生忘れないでしょう。

 

アナウンサーさんが読み上げた「さくらいしょう」名前を聞いて彼を知った私は、初めてテレビの中の人にかっこいいという感情を抱きます。

 

この時すぐさま母親に「櫻井翔くんっていうんだって!かっこいい!」って話しかけました。

でも、まな板の上の野菜を刻むことに忙しい母親はこちらを振り返ることもなければ、私の言葉に同意することもありませんでした。

 

「はやく宿題やって」

 

返ってきたのは、その一言。それで終わりでした。いつもの事です。だって、母親は忙しいから。

 

結婚した今、それがすごく分かります。今の私に子供はいないけど、それでも夕方ってすごく忙しい。

あの時の母親には私の下に2人のチビもいたから、今の私の何倍も忙しかったはずなんです。

 

素敵な人がいた、かっこいいと思った、そんな気持ちを知って欲しかった。だから、この反応はやっぱりちょっと残念でしたけど。どこかでは、この反応であったことも分かっていたんです。

 

この時の一般家庭にはスマホもないし小学生が自由に使えるパソコンもないので、この時の私にはテレビで見た顔と名前しかわからなかったけど、それでもたまに見かけるCMで同じ顔を見つけると嬉しかったです。

 

見つけるたびに母親に報告していたけれど「かっこよくない」「隣の人の方がいい」と一度も同意してくれなかった事だけはよく覚えています。

 

でも、学校の授業でインターネットやパソコンについて習い、父親しか使わなかったパソコンをいじれるようになりました。

 

Yahooの検索バーに習ったばかりのかな打ちで「さくらいしょう」と打ち込みました。

 

Wikipediaに載っていることを一言一句暗記するまで読んで、胸がドキドキしました。知らないことを知る、その感覚に胸を躍らせていました。

 

そんなことする時間あるなら宿題しなさい、パソコンばっかりやらないで。何十回何百回と母親に怒られたかわからないけど、やめませんでした。

 

翔くんのこと、嵐のこと、もっともっと知りたくてパソコンの使い方はメキメキ上達しました。

 

母親は私がインターネットやテレビばかりなことがあまり嬉しくないような素振りを見せていたけど、なにせ下の兄弟が小さくて手がかかるから、そのうちその手の小言は(あまり)言われなくなりました。

 

その頃、同じクラスの子達が夢中だったのは「V6」でしたね。

もちろん私も「学校へ行こう!MAX」を見ていたし、誰が好きかと聞かれれば「長野くん」と答えていました。

(物腰柔らかくてあったりしてる雰囲気なのに喋るととっても面白い!)

 

1番好きなのは「嵐」で「翔くん」だったけどクラスの子たちは嵐も翔くんも知らなかったし、小馬鹿にされるので言わなかったんです。我ながら、ちょっと悲しかったですけどね。

 

わたしはこの頃から幾度となく母親に「嵐のファミリークラブ(公式FC)に入りたい」と頼んでいました。

 

「お小遣いを貯めたから、それを使いたい」

「誕生日プレゼントにして欲しい」

「今よりもお手伝いを頑張るから」

 

どんな言い方をしても、いいよと言われることはなかったですけどね。

 

これといった趣味を持ったことがない母親にとって「5000円という大金をアイドルのために払うこと」は理解できない行為だったんだと思います。

 

ましてや、小学生だった私がそれを言い出したので「インターネットを通じてバカなことを覚えてしまった」くらいには思っていたんじゃないかな?分かりませんけどね。

 

中学生になってからは、家で聞いてもらえない代わりに、周りにバカにされてもいいから「嵐のこと」「翔くんのこと」を話したくて、学校でも話していました。

掲示板等のコミュニティを見ることも覚えて、それを見たりごくごくたまに書き込んだりして楽しんでいました。

 

学校では一方的に話すだけだったし、掲示板だってもっぱら見るばかりだったけど、それでも誰かに話せるのは嬉しかったです。

 

それが功を奏して(?)友達が「嵐が好きな子がクラスにいる」とその子の親に話してくれて、嵐のライブDVDを見ることができました。

 

その時見たのは「Time」

 

歌って踊って楽しそうでキラキラした衣装とスポットライトがいっぱいの空間は眩しくてかっこよくて、何度も何度も見ました。

 

そんなに好きならとかなり長いこと貸してくれました。

 

その間にしつこくしつこく母親を誘って、一緒に見てもらったこともあるけど相変わらず母親が「私がおすすめする翔くん」を褒めてくれることはなかったです。

 

今となっては母親は「自分はこう思う」を言ってただけなんだと思いますけどね。

 

 

 

それからそんなに時間がたたずに、嵐が10周年を迎えました。

 

嵐も翔くんも知らなくて私のことをバカにしていた友達が、みんな口を揃えて嵐を褒めたり私に嵐の話をしてくるようになりました。

(たぶん、10周年の前から10周年を迎える頃を経験した人は一様に形容し難い気持ちを味わったことと思います)

 

毎日テレビに出て、CDもじゃんじゃんリリースしていたこの頃嵐は「一大ムーブメント」「推され」「金のなる木」状態でしたからね。

 

 

クラスメイトは続々と嵐のファンクラブに入会し、会報の話やコンサートの話を楽しそうにしていました。

 

ずっと昔から好きなのに、話に入れないことが悲しくてみんなが知らないアイドルを探し始めました。

 

エイトやA.B.C-Zという別のアイドルをみつけ、そこに逃げることでモヤモヤを処理したんです。

 

私は未だに嵐のFC会員にはなれず、何度母親に頼んでも一貫して否定され続けていました。

 

親にダメと言われたことをこっそりやるだとかそういう考えそのものがなかった私には、ただ惨めになるしかなかったのです。

 

FC会員になれないことも惨めだったけど「あんなにずっと好き好き言ってたのに、会員じゃないんだあ」「あんたはコンサート行けないんだあ」ってバカにされることが一番しんどかったです。

 

性懲りも無く母親に同じ頼みをしに行ったら、その日はいつもと違う答えが返ってきました。

 

「ファンクラブファンクラブって言うけど。あんたはそんなにお金をドブに捨てたいの?」

 

何を言われているかわかりませんでした。

一つだけわかったのは、これ以上母親にこの事を頼んでも無駄なんだと言うことです。

 

私は、この事を家で言うのをやめました。

 

この時、私の周りでは「親子ともども嵐にはまっちゃいました」みたいなのが多く、母親のママ友にも嵐好きはいっぱいいました。

 

母親は徐々にアイドルにお金を使う事がおかしな事では無いのかもしれない、そんなふうに思ってくれたのかもしれません。

 

あとは、長年否定し続けてきた趣味を持ち続ける私のことを可哀想に思ったのか。わからないですけれど。

 

ある日急に

 

「高校受験終わったら、ファンクラブやれば」

「頑張ったご褒美ってことで最初の会費は出してあげる」

 

そう言われました。純粋に嬉しかった。

 

高校受験は何とかなり、無事に会員証も届きました。薄いプラスチックの板が宝物になりました。

 

 

携帯電話を買ってもらい、Twitterを始めたらあっという間にたくさんの友達ができました。

嵐が好きな友達、A.B.C-Zが好きな友達、ジャニーズ全部好きな友達、、、地元しか知らない私には広すぎる世界におっかなびっくり飛び込みました。

 

好きなものを互いに認め合う世界は居心地が良く、初めての感覚でした。

 

母親は「娘がインターネットで友達を作る」ことに警戒していたけど、家で共感してもらえない嵐の話を掲示板で楽しんでいた私にとって、そんなものはいらぬ心配でしかなかったです。

 

現場に行くため、バイトも始めました。

私が今まで置かれていた窮屈で苦い世界は、もうどこにもありません。

 

働くって大変だ。お金って大切だ。16歳の私が社会の一つひとつを学ぶ根底にはいつも嵐をはじめとするジャニーズの事柄がありました。

 

夜行バスに乗ることも東京ドームに向かうことも長い長いグッズ列に並ぶことも全てが楽しかったです。

 

私の前も後ろも隣もみんな同じ人が好きなファンなんだと思うと、嬉しくて嬉しくて堪らなくて、赤の他人だけど大切な味方であるような感覚に胸がいっぱいになりました。

 

 

こんな言い方は大袈裟かもしれないけど、チケットのやり取りで自分のような小娘を大人として扱ってくれることに感動しましたし、それに相応しくなければと、(当たり前だけど)きちんとした行動を心がけていました。

 

「大人になる」というのがどう言うことなのかを教えてくれたのは、間違いなくこの時の経験だったと思います。

 

住んでいる県を飛び出してあっちこっちに行ってはニコニコして帰ってくる私に、いつしか母親も何も言わなくなっていました。

 

 

それからしばらくして、私の影響で妹が関ジャニ∞が大好きになりました。

 

そこで、地元で開催される関ジャニ∞のコンサートに母親と妹で行かないかと誘ってみたんです。

 

単純に私が見ている素晴らしい世界を見て欲しかったですし、これはある種の復讐でもありました。

 

あなたが頑なに否定してきた事がこんなに楽しくて美しくて幸せな事だったと思わせたかったんです。

 

母親は大きな音やたくさんの人に少し戸惑いながらも、終始楽しそうにしていました。

 

その日から、ぽつぽつと「もうちょっと話を聞いてあげればよかった」「一度言ったことだから、引っ込みがつかなかったのもある」「あなたの言ったことに対して、そうだねって肯定するべきだったよね」そんな風に言うことが増えました。

 

「あの時は、ごめんね」

 

その、ごめんね。は小さな声でした。

 

その声が聞こえた時、私の復讐は成功したと感じました。

 

 

○○○○○○○○○○○○

 

 

 

今の私には、ジャニーズの他にも趣味がたくさんありますが、母親はもうそれを否定しません。

 

ある時何気なく「今これがアツくて!」と話したら「お母さんそれ(私が新しくハマった趣味)は分かんないけど、楽しいならいいと思うよ」と言われたんです。

 

その夜、私はちょっとだけ泣きました。

 

母親の中の価値観だけで、全ての事を決めていたのに「私は好きじゃない(分からない)けど、あなたが好きということは否定しません」と言ってくれたことが、考え方が変わっていたことが、嬉しかったんです。

 

 

世の中にはいろんなものが溢れていて、それが自分と合う合わない、好き嫌い、当然あります。

 

でも、誰かが何かを好きだという気持ちを否定することは誰にもできないですから。

 

他人に自分の好きなものを押し付けてはいけないように、他人の好きなものを勝手に否定してもいけない、当たり前のルールです。でも、一番破られがちなルールでもあるんです。

 

私は、これを「櫻井翔くんを好きになる事」を通して学んだし「好きを否定される事」がどれくらい悲しいかも知っています。

 

私の中には今も心の暗いところで膝を抱えている小学生の私がいます。

 

でも、この記事を書き終えたらその子を迎えに行って、そしてぎゅっと抱きしめて一緒に泣こうと思います。

 

それから、次に実家に帰ったら母親を誘って久しぶりにTimeでもみようと思います。

 

 

おしまい!

 

 

橋本良亮くんのお誕生日によせて

 

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こんにちは、こんばんは。

 

今日は7月15日、A.B.C-Z橋本良亮くんの27回目のお誕生日ですね。4人のお兄たちができてからは、12回目のお誕生日を迎えた橋本くん。

 

ブログに何を書こうかなあと思っていたときに、応援屋のインスタグラムに上がった動画を見ました。

 

 

五関さんが話していた加入したばかりのころは嫌がって河合くんに助けを求めていたA.B.C-Zを代表しての締めコメントを積極的にやるようになった、ということになんだかエモーショナルな気分になりました。

 

橋本くんは、4人からみてもA.B.C-Zのオタクからみても自慢のセンターで可愛い末っ子です。甘ったれるなと河合くんに怒られていた時も、新しい自分を見せたいと、既存イメージの可愛いから脱皮するためにソロで任されたサマパラのサブタイトルに「可愛いって言わせない」とつけた時も、やっぱりずっとずっと可愛い末っ子でみんなして甘やかしたい対象でした。

 

そんな、たくさんの手に抱きしめられて撫でられてきた橋本くんが、今度は自分を抱きしめていた手を自ら掴んでこっちだよ、って引っ張っているような気がしたんです。

 

この感情をエモーショナルという以外なんと言ったらいいのかわかりませんでした。

 

ずっと河合担をしていて、いわば河合くんを通して橋本くんをみてきたのでこんな気持ちになったんだと思います。

 

嬉しくて眩しくて自慢で、ほんのちょっと切ないような気持ち。

 

コンサートが大好き、舞台が大好き、歌が大好き、メンバーが大好き、ファンのことが大好き、そして、なによりA.B.C-Zというお星様が詰まった宝箱が大好きな橋本くん。

 

そんな末っ子が、真ん中に立っている事はA.B.C-Zにとって何よりの財産です。細かった体も頼りなかった背中も、いろんなものに耐えていろんなものを背負って、大きくなった。

 

自由奔放に好きなものを好きと言える、人に愛される才を持ち、もらった愛以上のものを返せる優しい橋本くん。

 

あなたの周りに光る四つ星、、、あえて言うならばファン含めた五つ星。それらは、あなたのことが大好きでずっとみていたいと思ってしまった人たちです。

 

5人揃ってわちゃわちゃくっつけるのはもう少し先になりそうだし、私達ファンが駆けつけることができる空間もまだ今は作れないかもしれないけど、心配はしていません。

 

「おれたちとみんなでA.B.C-Z」橋本くんが必ずくれるこの言葉があれば、もう一度星が光るその時までちゃんと待っていられます。

 

 

 

改めて。橋本良亮くん、27歳のお誕生日おめでとう。

 

 

PS.

12時になったらエゴサするからね!ってラジオで言っていたので橋本くんの世界に流れるたくさんのおめでとうの一片になればと拙いお誕生日プレートを作りました。

トップに載せた写真はメインのプレートですが、忘備録的にこちらにも私がしたツイートと一緒に載せておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当に本当におめでとう。私の住んでいるところでは久しぶりに雨が上がったので、ジャニーさんも喜んでるのかな?と思っています。

ものまねグランプリをみて泣いた日

こんにちは、こんばんは。

 

5月19日放送のものまねグランプリにA.B.C-Z 河合郁人さんが出演しました。

わたしのオタク人生の中で1番長くみてきたひとの目標が、ひとつ叶った日になりました。

 

河合くんが少クラで「フミキュンのモノマネ100連発」を披露した回のことはとても鮮明に覚えています。

 

ジャニーズが好きで、かっこ良くなりたくて、憧れの先輩達のように王道かっこいいを目指してきて、でも、方向性を変えて。

たくさんのライバルがいる中で自分の武器としてモノマネを選んで、披露した回。

 

そしてなにより、わたしが河合くんの個人名を認識した回。

小学生だったわたしに、モノマネをするジャニーズというのはとても面白く映りました。だからこそあの日あそこでモノマネをした「フミキュン」を覚えたんだと思います。

 

あの日から、10年では足りないくらい月日が流れました。小学生だった私は結婚したし、ジャニーズJr.だった河合くんはデビュー組になりました。すごくすごくたくさんのことがあった時間が過ぎました。

 

河合くん自身がその人のことをちゃんと好きだから。愛を持ってモノマネをするから。どの先輩の前で披露しても、先輩たちは絶対に笑ってくれたこと。

 

地上波に出るたびに、すべっても伝わらなくてもとにかくずっとモノマネをやり続けたこと。

 

それらが実って、2015年のカウコンのペア投票3位に食い込んだ時はまるで自分のことのように嬉しかったです。わたしはとにかく嬉しくて大泣きして、一緒に見ていたお友達に笑われました。

 

テレビ中継が入っている大舞台で、たくさんのグループとたくさんのグループのファンが入り乱れるドームで、河合くんが自分の武器として1番やり続けてきた「松潤のwish」を松本潤さんと踊れたことは、本当に大きな出来事でした。

 

あの日の松本さんは明らかに「河合くんのモノマネ」に寄せた踊り方をしてくれていました。より伝わりやすくするために、オーバー気味に踊る河合くんに合わせて、松本さん自身がオーバーに踊ってくれました。ツイッター上で大変評判を呼んだその数分は、わたしにとって夢を見ているようでした。

 

それが、5年前。

 

まさかあのカウコンから5年後に、本家本元のモノマネ番組に河合くんが呼ばれる日が来るなんて思っても見ませんでした。

 

モノマネ番組って、本気でそれを職にしてる人もたくさん出るじゃないですか。だから正直、すごく怖かったです。河合くんのモノマネがどこまで通じるものなのか、ハッキリするんだって。

 

わたしはジャニヲタだから、ジャニーズモノマネはすごく楽しいけど、これは一般受けするのだろうか?伝わるのだろうか?って怖くて怖くて。地上波でモノマネをやって微妙な空気になったこともたくさんあるし、本人ももうそれで凹んだりしてないけれど、それとモノマネ番組に出て結果が付くのとでは正直全く違うよなあ、なんて。

 

放送終了後からすれば、全く要らない心配をしていました。

 

番組のトップバッターとして、最初にモノマネを披露したのはジャニーズ芸人の「ジャガーズ」さんでした。

 

すごく楽しそうに笑う河合くんが何回も抜かれて、私はその度に泣きそうになっていました。だって、出たかった番組に参加しているということをすごく純粋に楽しんでいる様に見えたからです。笑いジワを作って口を大きく開けて、心底楽しそうに体を揺らしている河合くんを見れていることがとても幸せでした。

 

そのあとも、何回も何回も話を振ってくれたり他の方のモノマネを見て笑っているところが映って「楽しそうな雰囲気」でカメラを呼んでしまうあの感じがなんとも河合くんらしいと感じていました。

 

河合くんはCMでもSNS用の画像でもかなり大きく扱ってもらっていたこともあり、予選は最終グループでのモノマネ披露でした。正直、緊張しすぎて記憶が曖昧なのですが、ものすごい勢いで緊張しているツイートを繰り返していました。

 

予選で披露したのは河合くん的にはど定番のラインナップ。河合くんがモノマネをするたびに手を叩いてくれる審査員さんや、結果待ちの芸人さんたちの姿に安堵しました。なにより嬉しかったのは、たぶん審査員さんのどなたかが仰った「なんかわかる〜」という声。

 

それってつまり、ジャニーズに詳しくない人にも「なんかわかる」ってモノマネが伝わったということ!?えっすごい!!と一人で興奮しました。嬉しかった。まるで自分が認められたかのような、そんな錯覚じみた気持ちにすらなりました。

 

でもやっぱり、結果発表は怖かったです。今日この番組は楽しい特技披露という訳ではないから、私が知りうる限り初めて、河合くんのモノマネに点数がつくのです。ジャニオタがするようなジャッジにはならないから、きっと予選で終わりだろうと思っていました。

 

結果発表の時、びっくりしすぎてiPhoneがすっ飛びました。だって、全体の2位通過で決勝に進むなんて。びっくりして、心臓がヒュッてなりました。

 

私が、というか。えび担が、ジャニオタが、ずっと見てきた河合くんのモノマネはいつのまにかすごく評価されるものになってらしい、なんて興奮と感動と戸惑いとが混ざった様な気持ちでした。

 

普段、渡辺翔太くんにはこの時の様に感情むき出しで沸いたりはあまりしないのでお友達の数人から「意外だった」と言われました。私も、自分の気持ちが今この段階でこんなに河合くんに持っていかれるとは思っていませんでした。ただやっぱり8年もの間「大好き」だった存在はそう簡単にただの思い出にはならないんだな、と思いました(笑)

 

決勝のモノマネ披露は予選の時よりは緊張しませんでした。ただ、決勝までの時間に「決勝で何やるんだ?」って披露するネタに不安になったり予想したりと違うそわそわはありました。だって、明らかに十八番は予選で披露していましたから。河合くん自身にも「なによりも予選突破」という気持ちだったんじゃないのかなと思います。私河合くんじゃないけど。

 

そしてなんとなく「木村拓哉さんの歌モノマネはやりそう」という気がしていました。これ、結構似てるんですよ。

 

そしたら、やっぱり木村さんのモノマネも入っていました。しかも、上手いなと思ったのは「予選でやった」松潤のwishに「キムタクの歌モノマネ」を乗せるという方法を取ったこと。

 

審査員さんたちも視聴者も一回見ているもののテイストを変えることで、印象に残るし面白かったですよね。贔屓目でしょうか(笑)

 

結果発表を待っている時、首に手を回して耳の後ろを触るところが映っていました。それは、私の中では「河合くんが本当に緊張している時にやる仕草」だったので、一気に心臓が痛くなりました。正直、もう何位でもいいという気持ちでした。だって、ここまで来れたのだって物凄いことだから。

 

そして結果は2位。人間本当に驚くと体が震えるんですね。その瞬間は、うまくツイートできませんでした。すごかった。本当に、すごかった。

 

A.B.C-Zの5人は「快進撃」とは少し違う進み方をします。それは、もう、本当に、肌身を持って感じてきました。でも「1日1歩半、3日で4歩半」「3歩下がっても進んだ1歩半」でひたすらに歩いてきました。

これ、1日1歩、じゃなくて、1歩半なところがすごく「A.B.C-Zらしい」んです。にじみ出るハングリー精神の表れっぽくて大好きです。少し大げさかもしれないけれど、河合くん個人のお仕事では、今日の活躍は間違いなく快進撃でした。でもそれは、この日まで積み重ねてきた1歩半の塊というか、集合というか。それまでの1歩半があってこそ、今日の快進撃に繋がったんじゃないかなって思うんです。

 

ずっとずっとやり続けたからこそ、その先にものまねグランプリへの出演があった。そして、2位と言う結果がついた。ずっとずっとやり続けてきたことで「ジャニーズで初めて」になった。こんなにかっこいいことありますか?今の私にはこれ以上かっこいい結果の出し方は思いつきません。

 

 

河合郁人さん、改めて。

ものまねグランプリ出演おめでとう。総合2位おめでとう。そして、すごく素敵な時間を、気持ちを、ありがとう。続けることの凄さを、諦めないことの意義を、その姿で示してくれてありがとう。

拝啓、自担様〜伝えたいことが山ほどあるから今日もお手紙書くよ〜

お題「#おうち時間

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こんにちは、こんばんは。

 

今日は自称お手紙芸人である私が、このながーいおうち時間に例の如くファンレターを書きまくってたら、ふと思ったことがあるので書こうと思います。

 

以下、謎目線すぎる口調になってしまいました。ごめんなさい。

 

皆さんはファンレターって書いたことありますか?ジャニーズ界隈だと、書いたことのない人の方が多いのでしょうか。

 

私は、文字を書くことが好きなこともあってめっちゃ書きます。とにかく書きます。雑誌での発言、テレビ出演、、エトセトラ。自担に沸いたらすぐ文字にして送る感じです。もはや文字書き病の域。

 

ツイッターや仲間内で「素敵だと思ったこと」を共有するのもすごく楽しいしこうやってブログとして残すのも好きだけど、大元の本人に届いたらいいなって思うんです。

これをいうと十中八九「読んでくれるかどうかもわからないのに」という反論を受けるのですが、読む読まないは向こうの自由として「書かなきゃ読まれない」んですよね。そしてファンレターって「出さなきゃ届かない」んですよ。

 

例えば、雑誌ですごく好みの写真があったとしましょう。顔がかっこいいことは大前提に「このヘアアレンジすごく好き」ってあなたが思ったとします。追加で「最近○○くんの髪型迷走気味だったから、これで落ち着いたら嬉しいな」なんてことも思うかも知れません。そしたらぜひ、その「かっこいいって思った気持ち」と「へアスタルがすごく似合っていると思った事」を伝えてほしいなと思うんです。

 

もちろん、向こうが読んでくれる保証なんてないわけですし、ジャニーズに至っては「公式で案内されているジャニーズファミリークラブ宛」よりも「舞台期間中に楽屋宛」に出す方が確実、とまで言われちゃっていますけど。それでも、舞台仕事の少ないデビュー組さんたちからも「ファンレターは読んでいる」と言った趣旨の発言は出ていますしね。

 

それに、100%読まれるって分かって書くファンレターって緊張しません?私ならボールペン字講座からやらないと無理です。なので、そういう意味でもフランクにファンレターを書いてほしいって思います。

 

私がファンレターを書いてみようって思ったのはかなり前にAKB系列のアイドルの子だと思うんですが、ちょっとしたツイートしていて、それを見たことがきっかけでした。(探せなかったので記憶にある文をニュアンスで書きます)

 

「私に対して、真剣に考えてくれている人は褒めてくれるだけじゃなくてダメなところも言ってくれる」

 

「でも、そういう人たちは他の大勢が見れるところではなくて、お手紙とか私だけが見れるところでアドバイスと一緒にダメ出しをしてくれる」

 

「だから私はネットに溢れる言葉よりも、そうやって場所を選んで届けてくれた言葉を信じる」

 

これを読んだ時すごく衝撃だったんです。自担に対してネガティブな感情を抱くのって誰しもあると思うんですけど、それを世界中の人が見れる場所で書いてしまうのは「その子って、そういう子なんだ」って見知らぬ誰かに教えているようなものなんだって。自分はその子のファンだから他のいいところもいっぱい知ってるけど、そうじゃない人は「私の発言」を見たことでいいところを知る前に離れていくきっかけになってしまうのかもって。

 

ファンは自担を映す鏡だと思っています。ステマのように褒めちぎる必要はないけれど、思うことがあった時にそれをどんな風に吐き出すかは結構重要だなって思うんです。

 

もちろん、向こうだってもらって気分がいいのは純粋に褒めてるファンレターでしょうし、否定的なものはそれこそ読まないかも知れません。書き方だって重要になると思います。アイドルをやったことがない一般人からいきなり上から目線でアドバイスされるのはいい気分にならないでしょう。

でも、アイドルというコンテンツの消費者として「うーん」と思うことがあったらそれは伝えていいと思うんですよね。「うーん」って感じる部分によって本人に書くのかどうかも変わってきますから難しいところではあるんですけど。

 

ちなみに私、過去に河合担をしていた時に「あることで割と長いスパンで河合くんに怒っていた時期」があったんです。その時は、かなりファンレターを書きました。ファンレターというより嘆願に近いような内容でしたけど(笑)

結局それらが河合くんの目に留まったのか、ちゃんと伝わったのかはわからないけど、あの感情を自分の中に仕舞っておいたらきっと「応援することを辞めていた」と思うんです。だから、ファンレターという形で(一方的ににはなりますが)伝えて良かったと思います。(否定的な書き方はしてないですよ。あくまでもこんな河合くんが見たい!というようなものです)(肯定的な意見以外を伝える意味があるのか、という議論は尽きませんが読む読まないは自担が決めることですから)

 

ちょっと前にオタク学級会になっていたアイランド動画もそうですけど、今ってジャニーズタレントがいる場所がかなり低くなってますよね。我々の極近いところにいると感じる部分があるっていうか。ひと昔前の鎖国状態の時は本当に手の届かないところにいる感覚だったんですが、今は向こう側もSNSを見ていると感じるシーンが多いです。だからこそ、やっぱりファンレターで伝えることの意義って大きい気がします。

 

あなたの自担がファミリークラブ内にいっぱい溜まったお手紙を自担が見たとき、きっと嫌な気持ちにはならない気がするんです。

ジャニーズのオタクをしていて知った好きな言葉の1つに「自担との距離が自担の凄さ」というものがあります。

ツイッターで話題になっていたものですから、ご存知の方も多いと思います。これ元々は「ドームなど広い会場でやるときに嫌煙されがちな天井席を喜んだファンの方」が仰ったらしいんですが、似た様なことがファンレターでも言えると思うんですよ。

 

「届いたお手紙の数がその人に向けられた関心の数」

 

じゃないかなって。

 

他にも指標はあるけれど、手元のスマホ1つでサクッと反応できるこのご時世にわざわざ手書きで気持ちを送るって、受取手の比重も大きいと思うんですよね。

 

自分の書いたファンレターが、ファミリークラブ内でファンレターの山をつくる1通になっているのなら、それだけでも十分書く価値あると思いませんか?たくさんのファンレターはきっと自信にもなります。アイドルとしての自覚を見出すきっかけにもなるでしょう。

 

 

ここまで散々気持ちの面からファンレター書こうぜっていっといてアレなんですが、ちょっと違う角度からも話します。

 

私たちファンが大好きで大切な自担にできることの1番といったら、お金を使うことです。身もふたもない言い方ですが、自担の単価を上げることが1番の仕事です。数字をプレゼントする以外に、彼らのお仕事の可能性を広げることは難しいです。ですが、数字以外で唯一あげられるものは言葉じゃないのかな、とも思うんです。

だからツイッターやインスタグラムで褒めたり感謝するのもとっても素敵だけど、ぜひ「本人が見たいと思ったときに見れる」ファンレターで言葉を届けて欲しいです。

 

冒頭に書いた通り、この自粛期間にかなりのファンレターを書きました。家に籠っていると鬱になるので「散歩のついでにポストに行く」という用事を作る目的もあったんですが、まじでめちゃくちゃ書きました。お陰で腐るほどあった切手シートの在庫も便箋の在庫も底をつきそうです。困った。

 

トップに載せた写真はちょうど今日書いたお手紙ですね。毎日毎日書くことが湧いてくるのでiPhoneのメモ機能使っています。そんなことでファンレター書くの?って思われるかもしれないけど、内容は書いている自分と自担しか知り得ないし(マネやファミクラの運営が先に開けてチェックしてても困らないし)そもそも肝心の自担すら読むかもわからないのだから「沸いたら書く」で、ファンレターを書いています。

 

リプライやDMやコメントも手軽でいいけれど、あえて手書きでうんうん唸って書くファンレターもすごくいいですよ。

 

書いてる途中で50回くらい誰目線で何語ってんだ?ってなったけど、許してください!とりあえずファンレターはいいぞ!

 

 

転げ落ちるように加速して渡辺翔太にハマった話

 はい、こんにちはこんばんは。

 

今日は人に話すと大体本気で引かれる話をしようと思います。渡辺翔太くんとの出会いの話です。

 

私事ですが、昨年10月に結婚式を挙げました。

 

もともと結婚というものが身近になるちょっと前くらいから他の趣味に熱中していたりして、ジャニーズ自体と疎遠になっておりました。(わたしはかれこれ8年ほどA.B.C-Z河合郁人くんを応援しておりました)

 

結婚式の準備に忙しくなり、趣味に割ける時間が減ったことにより、仕事と家事と結婚式の準備しかしない生活か始まりました。

 

と、ここまでのことだけ頭に入れてもらったら、あとはリラックスして読んでください(堅苦しい書き方したくせに疲れてきちゃった)

 

 

それでは、いきま〜〜〜す!!

 

 

 

この、仕事と家事と結婚式の準備しかない生活ってクソ地獄。まじで。なんっにも楽しくないの。挙句には楽しそうな人見るとイライラする始末だし。ジャニーズも他のこともついていけずに浦島太郎。

 

このイライラと忙しさは結婚式本番の2ヶ月前が1番ピークで。この時のわたしの睡眠時間平均で4時間。肌とメンタルがしぬから4時間睡眠はおすすめしない。プレ花嫁の皆さん、睡眠時間削るのは1ヶ月前までにしようね、わたしもラスト1ヶ月で集中補修(むしろ修繕工事)した。

 

 

 で、わたしが忙殺されていたのは夏真っ盛りの、8月。

 

ジャニーズJr.の東京ドーム公演があった8月。

 

夜中3時くらいにTwitterをぼんやりみていて、「わあ、ドームやるんだ」と死んだ声で呟いた記憶がある。(いや、ツイッターなんか見てないでさっさと寝ろ)

 

ジャニーズJr.にとっても、すのすとにとっても一大イベントに違いない8.8、当日わたしも一大イベントを迎えてたヨ。旦那の実家でね。(こういう、絶対に断れない用事ある日に限って友達から「チケ余ってんだけど」って言われる現象なんなんですかね?)

 

飛び交う方言、繰り出す愛想笑い、次から次へと出てくる茶菓子、、、(頼りにならない旦那)、、、口角上げすぎて頬つるかと思った。

 

 感情は、早く帰りたいな〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!しか沸かなかった。いい人たちなんだけどね、やっぱりね、気は使う。ハハ。

 

HPをゼロどころかマイナスにしてなんとか旦那の実家から帰還後、しばらくして彼はやってきた。(ターミネーターみたいな言い方すな)

 

 

渡辺翔太くん、夢に登場する。

 

 

あのね、クッッッッッソカッコよかった。バチくそにリアコ。夢の中でわたしたち付き合ってた、死ぬほど優しかった、仕草がいちいち優しかったの。今これ書くために思い出してるけど照れる。恥ずかしい。エッ、そんな、優しくしないで(?)ってなるくらい優しかった。

 

朝起きてびっくりしすぎて5分くらいぽかんとして何もできなかった。

 

だって、わたしに渡辺翔太くんの記憶1秒もないんだもの。

 

いや、普通夢に出てくるって「軽率にファンサもらっちゃった♡」とか「写りがいい画像見た」とか「布教されて気になった」とか、そういうのがあってからでしょ?!?そういう、ハマるための事前準備というか夢にご降臨なされる前の段階が!!ひとつも!!ないの!!!

 

こんなこと思いながら、脳内ではInazuma☆Venusが流れまくってた(いなーずまっびーなす、いなずま!びーなす!しびれさせて!みーたこともなーい!まばゆいひーかーりーきらめーかせええ!って感じ(?))

 

A.B.C-Zを応援してたから、SnowMan渡辺翔太くんも見たこと(視界にはいっていたこと)は何回もあるし存じ上げてるし、普通に好きだけど。

 

正直、渡辺翔太くんの記憶はわたしの脳内に1秒もない。ごめん。(?)アリサマもえび座もジャニワもどれだけ遡っても河合くんの記憶しかない。

 

なんなら現場で「すのなら誰が好きなのー?」って聞かれたら「河合くんが可愛がってる後輩」ってことで「ふっかかなあ?」とか言ってたくらいなのに。

 

なのに、なんで、夢に……………?しかもクッッッッッソかっこいいのはなんで…………?かっこいい渡辺翔太の記憶、わたし脳内HDに保存した覚えないんですけど……………?

 

あ!8.8ですのすとがデビュー発表したってのをツイッターで見たから?やだー!そういうこと?なーんだっ!びっくりした☆てか、寝不足もあるよね〜〜〜〜早く寝よっ☆

 

って、思って、その日を過ごしたんですけど。

 

あの、なんと、渡辺翔太くん、その日の夜も夢に出てきた。

 

 

えっ?????????連チャン〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?!?いや、まってわたしの脳内。何してるん????????

さすがに寝不足が祟ってるなと思った。疲れてるな自分、、つって悲しくなった(?)

 

すぐ友達にLINEしたら、それは疲れすぎてるから今日は準備せずに寝ろって言われた。あと「なんで渡辺なの?あんたSnowManなら深澤って言ってたじゃん」とも言われた。だよね、わたしも同じこと思ったし、今も時々なんで渡辺がご降臨遊ばせた?って思うよ(思うなよ)

 

だって、だって、現場でときめいた記憶も、「○○のとき☆☆してた」みたいな記憶もいっこもないジャニーズJr.が2日間連続でバチくそにかっこよく夢に出てくるなんて長いことオタクしてるけど経験ないんだもん!!!逆に皆さんお有りです?!?あったらコメントください!!!!(大声)

 

しかし、だからといってほいほい出戻れるほどの時間的・精神的余裕もなく、クッッッッッソかっこいい渡辺翔太くんとの夢の記憶を抱えたまま、結婚式準備に忙殺され続けたの。

 

結婚式の準備はまじで直前にしかできないことが多すぎるのなんでなん!?(急なキレ芸)

 

みんな!!!招待状もらったらすぐに返すんやで!!!!期限内ならいいやって思ったらあかんで!!!!!!式3ヶ月前くらいから花嫁には普段なら許せることも許せなくなるくらい余裕がないんや!!!

 

ここから先、当日までやっぱり記憶はそんなにない。なぜって、寝不足な上に忙しかったからだしあんまり思い出したくないから。そのくらい大変。近くにプレ花嫁がいる人、労おうな。

 

わたしの8.9.10月は「結婚式の準備が大変すぎた記憶」「旦那とバチバチに喧嘩した記憶」がツートップ。あとは渡辺翔太くんが夢に出てきた」しか覚えてない。これ書きながら、脳内HDどうなってんだ?とは思う、、、、。

 

で、まあ、結婚式は恙無く終わりました。

結婚式については別記事で書いてるので良ければそっちもお願いします(?)

  

snowsnow96.hateblo.jp

 

結婚式が終わり、準備に忙殺されなくなって急に暇になった頃、スノストの単独FCお知らせが目に入ってきて。

 

おー、すごいなあ。ってまたツイッター見ながら思った。(ツイッターに住みつき過ぎ)

 

………………それで終わるはずだった。

 

あれから渡辺翔太くんが夢に現れることもなく、わたしの近しいお友達でスノスト、というかスノに降りた人もいないから情報が流れ込んでくるわけでもなく、、だったのに。

 

まさかの単独FCお知らせを目にした夜、渡辺翔太くんがまた夢に来た。

 

でも、前の2回と違って内容はほぼ思い出せない。ただなんかめちゃめちゃに可愛い笑顔で「これからもよろしく」って言われた。

 

目が覚めたときめちゃめちゃナチュラルに「あ、呼ばれた」って思った。

 

いや、意味わからんと思うけど、わたしも書いてて意味わからんなって思うけど、思ったの!本当に!「渡辺に呼ばれた」って!!!(ブログなのでお淑やかぶって渡辺翔太くんなんて呼んでるけど普段は渡辺って呼んでるの、ごめん渡辺)

 

思い立ったら即行動がモットーのオタクだから、布団から出ずにとりあえず「SnowMan ファンクラブ」って検索して、すぐ5000円振り込んだ。そんでもってSnowMan用のツイッター開設した。ここまで所要時間15分程度。ありがとうインターネット。思い立ったらすぐに課金できる世界大好き。転げ落ちるようにかーそくして〜!あついーきもーち!忘れられない!って感じだよ本当に!!!!(この時のわたし、クレアクがぴったりすぎた)

 

振り込んだあとちょっと冷静になって「わたしキモくない?彼のことなんっっにも知らんのに金だけ突っ込むのキモくない???」って思ったけど、無銭でキモいより有銭でキモい方がまだ罪軽くない?って思うことにした。許せ渡辺。

 

でも、5000円振り込んだあと渡辺は夢に1回も出てきてない。おいおい、オチまで完璧かよ。でも、そういうところが好きだよ。

 

 

 ちなみに、結婚式で青いドレスを着たけど「これを着る!」って決めたのは5月。渡辺が夢に出てきたのは8月。えっ、未来の自担カラー選ぶとか運命????(違います)わたし渡辺と運命girlだった??(それも違う)そしてこれは運命的な恋煩い???koi-wazurai????わたし、koi-wazuraiしちゃってる????!とか思いました。テヘ。

 

 

てことで「よく聞かれる渡辺のこと好きになったきっかけ」について書いてみました〜!

 

読んでくれた人の沼落ち方法も知りたい!ので、私みたいに記憶ゼロなのに夢に出てきて沼落ち決意した人、そうじゃない人、布団の中で課金した人ともお話ししたいです〜!!そんな人もしかしたらいないのかもしれないけど〜!みんなと自担との出会いを教えて〜〜!!!!